2014年3月12日水曜日

2013年の文化活動まとめ(その5)


11月

☆映画☆
「陽だまりの彼女」 三木孝浩監督
「アメリカ、家族のいる風景」 ヴィム・ヴェンダース監督
「悪の法則」 リドリー・スコット監督
「ゆるせない、逢いたい」 金井純一監督
「冒険者たち」 ロベール・アンリコ監督
「ことの次第」 「さすらい」 ヴィム・ヴェンダース監督


12月

☆映画☆
「テルマ&ルイーズ」 リドリー・スコット監督
「カノジョは嘘を愛しすぎてる」 小泉徳宏監督
「俺たちに明日はない」 アーサー・ペン監督
「少年と自転車」 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督

2013年の文化活動まとめ(その4)


9月

☆映画☆
「ヒミズ」 園子温監督
「エターナル・サンシャイン」 ミッシェル・ゴンドリー監督
「つむじ風食堂の夜」 篠原哲雄監督
「リオ・ブラボー」 ハワード・ホークス監督
「松ケ根乱射事件」 山下敦弘監督
「夏の終り」 熊切和嘉監督
「悲しみよこんにちは」 オットー・プレミンジャー監督
「シェルブールの雨傘」 ジャック・ドゥミ監督
「太陽がいっぱい」 ルネ・クレマン監督


10月

☆映画☆
「そして父になる」 是枝裕和監督
「愛のむきだし」 園子温監督
「パンズ・ラビンス」 ギレルモ・デル・トロ監督
「ボーイ・ミーツ・ガール」 レオス・カラックス監督
「ホーリー・モーターズ」 レオス・カラックス監督
「謝罪の王様」 水田伸生監督
「穴」 ジャック・ベッケル監督


2013年の文化活動まとめ(その3)

5月

☆映画☆
「死に花」 犬童一心監督
「藁の楯」 三池崇史監督


6月

☆映画☆
「緑の光線」 エリック・ロメール監督
「百年の時計」 金子修介監督
「リアル」 黒沢清監督
「時をかける少女」 大林宣彦監督
「大人は判ってくれない」 フランソワ・トリュフォー監督
「監禁探偵」 及川拓郎監督
「華麗なるギャッビー」 バス・ラーマン監督


7月

☆映画☆
「奇跡のリンゴ」 中村義洋監督
「七人の侍」 黒澤明監督
「ブンミおじさんの森」 アピチャートポン・ウィーラセータクン監督
「ブラックスワン」 ダーレン・アロノフスキー監督
「デスノート」 金子修介監督


8月

☆映画☆
「鬼畜」 野村芳太郎監督
「風立ちぬ」 宮崎駿監督
「の・ようなもの」 森田芳光監督
「羅生門」 黒澤明監督
「江ノ島プリズム」 吉田康弘監督
「時をかける少女2010」 谷口正晃監督
「台風クラブ」 相米慎二監督
「パシフィック・リム」 ギレルモ・デル・トロ監督
「グーグーだって猫である」 犬童一心監督


☆シナリオ☆
「ふぞろいの林檎たち」 山田太一脚本

 









2014年2月27日木曜日

2013年の文化活動まとめ(その2)

3月

☆映画☆
「横道世之介」 沖田修一監督
「奥さまは魔女」 ノーラ・エフロン監督
「ベティ・サイズモア」 ニール・ラビュート監督
「RISE UP」 中島良監督
「めまい」 アルフレッド・ヒッチコック監督

☆ドラマ☆
「それでも、生きてゆく」 坂元裕二脚本


4月

☆映画☆
「SOMEWHERE」 ソフィア・コッポラ監督
「ゲームの規則」 ジャン・ルノワール監督
「クロエ」 利重剛監督
「神童」「コドモのコドモ」「帰郷」 萩生田宏治監督
「サマー・ナイト」 ウディ・アレン監督
「まぼろし」 フランソワ・オゾン監督


☆舞台☆
「今ひとたびの修羅」 シス・カンパニー いのうえひでのり演出


2014年2月21日金曜日

2013年の文化活動まとめ(その1)


☆映画☆
1月
「レ・ミゼラブル」 トム・フーパー監督
「トスカーナの贋作」 アッバス・キアロスタミ監督 
「求愛」 金井純一監督
「麗しのサブリナ」 ビリー・ワイルダー監督
「ミート・ザ・ペアレンツ」 ジェイ・ローチ監督
「お引越し」 相米慎二監督
「アルゴ」 ベン・アフレック監督


2月
「サウンド・オブ・ミュージック」 ロバート・ワイズ監督
「異人たちとの夏」 大林宣彦監督
「ダイ・ハード  ラスト・デイ」 ジョン・ムーア監督 
「M★A★S★H マッシュ」 ロバート・アルトマン監督
「マンハッタン」 ウディ・アレン監督
「マグノリア」 ポール・トーマス・アンダーソン監督
「草原の椅子」 成島出監督

2012年3月15日木曜日

永遠と一日

テオ・アンゲロプロス監督作品、「永遠と一日」を観てきた。
北ギリシャの港町を舞台に、作家で詩人のアレクサンドロスの最期の一日とアルバニア難民の少年との交流を現在、過去、未来、そして現実と夢とで描いた作品。
青い海と夏の日に胸がしめつけられる感覚がたまらない。きれいな海の映像が挿入されるので悲しい感じはしないのだけれど、死期の近い母との会話や難民の少年との出会いと別れ、そして思い出の中で死に別れした妻と気持ちを通わせたいという思い、何よりも病におかされた自分自身がこの世と別れていくということ。これらの別れが郷愁ただよう世界として描かれていて心に残った。

(ストーリー)
アレクサンドロスは不治の病を得て、入院を明日に控え、人生最後の一日を迎える。母の呼ぶ声を耳に親友と島へと泳いだ少年の日の思い出の夢から目覚める。
彼は、妻アンナが遺した手紙を託すため、娘の元を訪ね、「9月20日は私の日・・・」と始まる一通の手紙からある夏の日、生まれたばかりの娘を囲んでの海辺の家での思い出をよみがえらせた。
町に出た彼はアルバニア難民の少年と出会い、国境まで少年を送り帰そうとするが、彼は離れようとしない。河辺で少年に前世紀の詩人ソロモスの話をするアレクサンドロス。幻想のなかでかの人ソロモスに出会うふたり。痛みをこらえながらアレクサンドロスは少年と旅を続けるうち、さらに過去の記憶が甦る。
仲間と旅立つという少年とバスに揺られていると、さまざまな人々が夢かうつつか乗り込んできて幻想的に描かれる。
結局、少年は大きな船で去っていき、思い出のこもった海辺の家は解体されることになる。病院行きをやめたアレクサンドロスの耳には、亡き妻の声が響く。(完)

2012年2月23日木曜日

「ものすごくてうるさくて、ありえないほど近い」

監督/スティーヴン・ダルドリー  原作/ジョナサン・サフラン・フォア
出演/トムハンクス サンドラ・ブロック トーマス・ホーン


9.11で父親を亡くした子供が、父の遺した鍵をもとに、
父からのメッセージを探す心の旅を描いた作品。

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  こうゆうテーマの作品は今、日本でみるタイミングなのだろうか、とも考える。
 東日本大震災からまだ1年という今、あまりにも現実が大きくてきれいごとに写りかねない。
 しかし、アメリカ同時多発テロという悲惨な出来事で最愛の父を亡くした少年と一緒になって苦しみを乗り越えていく体験ができるこの映画は貴重だと思う。

大切な人と突然会えなくなってしまうことは人にどれだけ、心的衝撃を与えるかを、成長過程にある子供の不安定さを目の当たりにすることにより感じることができる。

物語の途中で、少年の旅に同行する口がきけなくなってしまったおじいさんとの交流は感動できる。恐怖心が強く、電車やブランコに乗れない少年をなんとかしたいという表情がよかった。
おじいさんも過去に爆発事故により大切な人を失っている。それによって言葉を発することが出来なくなった、という少年と同じ、過去に痛みを抱えているということが二人の距離をぐっと近づける。
少年はおじいさんの肩をすくめる癖を見て、父親の父だと直感し、そこに自分を成長させてくれるであろう父性を求める。なんとも切ないがこころあたたまる情景。


 うるさいことを云うばかりでなく、ありえないほど近くにいてあげる。
 母親の言葉ではなく、少年の気持ちを分かろうとする行動。

大切な人を失うという経験はどんな形であれ、生きている限り誰もが経験することで、それを乗り越えるには、自分たちだけではないということを知り、思いや痛みを共感できることが大切だと教えてくれる。

2012年2月18日土曜日

道

フェディリコ•フェリーニの『道』

これを好きな映画と言う人にまた出会ったので、観てみることにした。

欲情にこりかたまった旅芸人のザンパノは少々頭の弱いジェルソミーナをタダ同然で買い取った。心の素直なジェルソミーナはザンパノと一緒に旅に出る。

芸を仕込まれたジェルソミーナだが、女好きなザンパノに嫌気がさし、逃げていく。

その後、ザンパノに連れ戻され、綱渡り芸人のいるサーカス団に合流することになる。
そこで出会った綱渡り芸人は何かとザンパノをからかって逆上させる。



ある夜、ジェルソミーナはこぼす。

「私は何の役にも立っていない。顔だって美人じゃないし、頭だって良くない、なんでここにいるんだろう?」と。
とても悲しい顔をする。

それを見て、綱渡り芸人は言う。

「たとえば、この小石だって役に立っている。 空の星だってそうなんだ。 君もそうなんだ。」

それを聞いた、彼女はすっかり笑顔を取り戻し、ザンパノについて行くことを決める。


このシーンは、一夜明けて、電車に揺られている時にふと思い出した。
胸打たれるシーンです。



しかし後日、ザンパノは故障した自動車を直す綱渡り芸人を見かけ、綱渡り芸人を撲殺してしまう。

綱渡り芸人の死に放心状態となり、泣いてその場を離れようとしないジェルソミーナ。ザンパノは役に立たなくなったジェルソミーナを見捨て、去ってゆく。

時が流れ、見知らぬ海辺の町に立ち寄ったザンパノは、耳慣れた歌を耳にした。その町に住む女に尋ねると、頭の弱い女がしばらくその海岸を放浪していたが、誰にも省みられることなく死んでいったという。
それはジェルソミーナがラッパで吹いていた曲。
海岸にやってきたザンパノは、ひとり泣き崩れる。



タイトルにあるように、人にはそれぞれのゆく道がある。
別れて行った人の道が、人の心を揺さぶることもあるのが人生なのかしら。

2012年2月6日月曜日

しあわせのパン

監督・脚本は三島有紀子。
舞台は、北海道にある静かな町・月浦。
東京から北海道の月浦に移り住み、パンカフェ、マーニを始めた水縞尚(大泉洋)とりえ(原田知世)の夫婦。
りえは、大好きな絵本「月とマーニ」を子供の頃から大切に持っている。東京での暮らしの中で父親を失ってしまうと、うまく笑えなくなってしまった。
それを見て、尚が月浦で好きなものに囲まれた生活をしよう、と言ってくれてマーニを開いた。
尚がパンを焼き、りえがそれに合うコーヒーを淹れ、料理を作る。
マーニの前には、湖があり、夜になると月が輝き、常連客とご近所さんたちが集まる。
革の大きなトランクを抱えた山高帽の阿部は、実においしそうにコーヒーを飲み、パンを食べ、近所で農家をやっている夫婦は、子沢山でとても幸せそう。
なんでも聞こえてしまう地獄耳の硝子作家、陽子に、「りえさん、今日もきれいですね」と声をかける郵便屋さん。
まるで絵本の世界のよう。


物語は、夏、秋、冬と、悩みを抱えたお客様がやってきて展開する。

夏の客。
東京から一人の女性、香織が突然やってきた。沖縄旅行をすっぽかされた傷心の香織。そこに北海道から出られない青年、常連の時生がやってくる。沖縄に行ったことになっているので沖縄土産を探したり、日焼けをするために野原に寝そべったりと、香織に付き合う時生は次第に彼女に惹かれていく。
香織のために誕生パーティを開いた水縞夫妻。香織は二人が幸せそうにパンを分け合うのを見て、こころから二人に感謝する。
東京に帰る日、バス停に待つ香織のところへバイクで時生がやってきて二人はそのまま東京へ向かう。

秋の客。
近くに住む小学生の少女、未久。
母親が家を出てしまい、父親と二人暮らしをしているが口をあまりきかない。そんな娘にどう接していいかわからない父親。
水縞夫妻は二人をマーニに呼び、料理をもてなす。母親が得意だったかぼちゃのポタージュを作ってもらうと、最初は違うと嫌がる未久だったが、しばらく一人になって考える。そして、パンとポタージュをおいしいね、と笑顔で食べ始める。
パパと一緒に悲しみたかったと寄り添う娘と父親の姿に涙がこぼれてくる。

冬の客。
吹雪の夜、老夫婦から泊めてほしいと連絡が来る。
この地は二人の思い出の地である。
震災で娘を失い、二人で生きて来たが、妻は病にかかり余命わずか。
夫はこの思い出の地を、最期の地にしようと妻を連れて来ていた。
日に日に衰えていく自分が悲しいのだという。
水縞夫妻は吹雪の中、外に出ようとする老夫婦を引き留め、あたたかい料理をつくる。おいしいと喜んで食べる妻。そして、食べられないはずのパンを口にして「明日もこのパンが食べたい」とつぶやく。夫はその声に希望をみつける。
春、一通の手紙が届く。最期に妻と私に生きる喜びを与えてくれたことに感謝をしているという内容である。


りえのこころはとても純粋で、悲しい人の気持ちが、時々、りえのこころにも入ってきてしまう。
水縞夫妻はお客さまたちをあたたかく見守り、相手を思いやった一言をかける。
客さまがよろこんでくれると、夫妻もとても幸せそうな笑顔になる。
幸せの伝播だ。
夫妻の作った焼きたてのパンを大切な二人で半分こするシーンには涙がこぼれてくる。そして、優しい気持ちになる。

印象的なシーンに、深い雪の上を歩く、りえを真上から撮った絵があって、どうやって撮影したのかなあって思って見ていたら、ラストの「来年の新しいお客さま」につながったのでなるほど〜と思った。
映画館を出て行く人たちの後ろ姿がほっこりしていたのが印象的でした。

2011年1月23日日曜日

【ソーシャル・ネットワーク】



監督 :デビッド・フィンチャー
キャスト : ジェシー・アイゼンバーグ、アンドリュー・ガーフィールド、ジャスティン・ティンバーレイク
脚本 :アーロン・ソーキン
製作総指揮:ケビン・スペイシー、アーロン・ソーキン


脚本家がfacebookの開設者マーク・ザッカーバーグに取材を断られた上で
製作されているという映画なのでドキュメンタリー風のドラマではあるけれど、
少し前の今を感じられる映画としては面白い。

起業・投資・ネット・広告に関係するビジネスに身をおいて人脈を築こうと行動している
人たちにはとてもリアリティのある映画でしょう。



物語は訴訟問題が起きているところを軸に描かれていて、
生み出されるお金が大きくなればなるほど、本来の目的や友達との関係が
見えにくくなったり、エゴによって変化していく感情がみえてくる。
人が人を信じたくても信じられなくなってきたり、より自分の考えを
主張したくなったりしまう人間関係のごたごたが展開してゆく。


ハイスピードで流れるネットの世界。
短期間でひとつのビジネスモデルが成功し、それをめぐり訴訟が起きる。
この映画を観ていると2004年とか2005年といった過去が遥か遠い昔に
感じられてしまう。
これが今の時代の流れの象徴ですかね。


*****ここからはネタばれに注意*****


ジャスティン・ティンバーレイク演じる音楽配信サービスのNapsterを
つくったショーン・パーカーとマークがクラブで投資家に
「ザ・フェイスブック」の価値を認めてもらおう!と夢を語るシーン
には若者のリアリティがあり、臨場感がある。
クラブの音楽に高揚させられるようにビジネスへの価値観が一致している
と意気投合し、盛り上がる二人。

マークは利益優先ではなく、ネットを使って新しいムーブメントを作りたい
と夢を見ていて、一方、ショーンは地位や名声や遊びに貪欲な青年として描かれる。



頭がよくて、傲慢で、人の心の痛みに無神経な発言をしてしまうオタクなマークは
恋人と口論になり「アンタがモテないのは性格がサイテーだからよ」と言われた
ことをきっかけに酔った勢いでブログに彼女の悪口を書く。さらにハーバード大の
コンピュータをハッキングして女子学生の写真を集め、女の子の顔の格付けサイト
を立ち上げる。
公開から2時間で2万2000アクセスを記録するほどのものとなり、数時間後には
大学側にサイトをつぶされ公に。

そんなマークの能力に目をつけたハーバード大学ボート部に所属するエリート学生
の兄弟とその友人は「名誉挽回のチャンス」と称し、ハーバード大生専用の
コミュニティサイトの制作協力をマークに依頼。
マークは彼らのアイディアからヒントを得て、親友のエドゥアルド・サベリンに
協力を求め、「ザ・フェイスブック」をつくり始める。






物語のラストで新人弁護士の女性にかけられた一言で、訴訟真っ只中だけれども、
起業をしてからの短期間のさまざまな経験とフェイスブックを起こすきっかけと
なった自分の気持ちがシンクロしているシーンがちょっと寂しい一人の人間の姿に映る。



時代の産物に振り回されたようにもみえる、なるべくしてなった人間関係。
ビジネスのスピードには面白さもあるだろうけれど、人間関係が希薄でもろく、
移ろいやすさもある。


時間の流れが速くなればなるほど、親友のエドゥアルドのように人間関係を
ゆっくり築いていこうとする者がおいていかれる図。
マークとショーンが「フェイスブック」に新しい投資起業をつけ、大きく
進み出したときには悔しい気持ちと怒りをぶちまけることになってしまうエドゥアルドだ。
ビジネスはスピードとアイディアだというのがIT業界では顕著なのですね。

アイディアを盗まれたと訴訟を起こす、ボート部の体育会系のハーバード大学生の
姿もこの映画の中ではすごくスローで、皮肉にも能無しのように見えてしまう。

観ていてワクワクしたり、熱くなったりもするけれど、後味はちょっと寂しいと
感じるのは登場人物との世代の違いでしょうか。
人間らしさってなんだか分らなくなりつつある、時代の過渡期にも感じられた。

2010年9月11日土曜日

【サマーウォーズ】

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監督・原作: 細田守「時をかける少女」
脚本: 奥寺佐渡子
製作国: 2009年日本映画
上映時間: 114分
配給: ワーナー・ブラザース映画


ストーリー:
数学が得意だが気弱な高校2年生の健二は、憧れの先輩・夏希に頼まれ、夏休みの間、彼女の実家:陣内家で夏希のフィアンセとして過ごすことに。そんな時、健二はネット上の仮想空間OZで起きた事件に巻き込まれ、その影響が現実世界にも波及。夏希の一家ともども、世界の危機に立ち向かう。


アニメーションだから「世界の危機に立ち向かう」なんて壮大な設定ができてしまう。
普段あまりアニメーション映画を観ない私でしたが、脚本が奥寺佐渡子さんだったのと、いい映画と評判が高かったのもあり一度は観てみたかったこの映画。

映像のdetailについてはよく説明できませんが、ネット上のゲームで起きている戦いが、現実世界とうまくシンクロしているところがよかった。大人も子供も楽しめるストーリーになっていると思う。
長野県上田市という田舎町の旧家の歴史と、大家族の風景が仮想空間OZ(オズ)と対比され、またつながるように描かれ、ハラハラどきどき登場人物たちに仲間入りした気持ちになって見れてしまう。

展開されている話が非現実的なのに、登場人物が皆いるいる!って思えるほど性格と言動が魅力的に描かれている。
ここ数年のスタンダードになりつつある、古き良き日本の文化に懐かしさとともに郷愁を感じつつ、ああいう田舎のない私には羨ましく思えてしまうほど。

夏希の曽祖母である「ばあちゃん」がなんともいいことを言うんだな、これがまた。


感動できますよ。


仮想空間OZの管理権限の暗号パスワードが何者かに盗まれ、現実世界を制御するあらゆる機能が勝手に操作されてしまう!世界的な危機が起こってしまうかも!となったときに、陣内家の親戚中が一致団結して暴走する仮想上のアバターと戦う。
世界中の人たちが、そんな陣内家の人々が勇敢に戦う(ネット上ですがリアルとつながっているという設定ですから戦いは真剣なのです)姿に共感しみんな自分のアバターを使ってくださいって集まってくれる。
思いは通じる、が分りやすく描かれていて熱い気持ちになれるし、大事なものって伝わってるなあ。って安心できる。何度も言いますが参加してる気持ちになれちゃうところが私はよかったな。




2010年8月2日月曜日

【(500)日のサマー】



原題  : (500) Days of Summer
監督  : マーク・ウェブ
脚本  : スコット・ノイスタッター、マイケル・H・ウェバー
出演  : トム役 (ジョセフ・ゴードン=レビット)
      サマー役(ズーイー・デシャネル)
製作国 : 2009年アメリカ映画
上映時間: 96分


グリーティング・カード会社で働くトム。そこへ、社長秘書として入社してきたのがサマー。
トムは本当に人を愛するということを熱く語るロマンチスト。
サマーは美人でモテモテだが、愛の存在はないものとし、恋人は作らない主義。
そんなサマーに一目惚れをしたトムは、他のどの女性もがつまらないものだと目に映ってしまうほどサマーに夢中になっていく。

運命の恋を信じるトムは果敢にアタックし、遂にサマーの家へ招かれ一夜を共にする。
しかし、サマーにとってトムは運命の人ではなく、ただの「友だち」でしかなかった。。


恋愛は楽しむもの、という彼女の考えは、サマーを自分のものにしたいトムにとってはストレスフルなものへ感情を変化させていくのだ。


CMディレクター出身監督によるスタイリッシュな映像や、音楽に魅せられながら、「これはラブストーリーではない」と冒頭に断言されたリアルな世界へと入り込むことができる。


時系列に物語が進むのではなくて、タイトルにもあるように【500日】で何かが起きることは約束されているようなもの。
主人公トムの記憶が蘇るように物語が進んでゆくから、観ている人たちは特に大きなイベントやエピソードがなくとも、展開が予想できないので自然にお話に引き込まれてゆくという構成。

主人公の男性目線で描かれ、男性は心を乱されてしまうリアルな映画。
恋愛に奥手なトムには肩肘張らずに恋愛というものを楽しむサマーのフレキシブルさがまぶしく映るのだが、実はそれこそがトムのこれからに必要なものなのだろうと思わせる。


演じる若手の役者の魅力もあって、リアルな世界を観ていると感じながらも胸がキュんとなる映画でした☆

2010年6月14日月曜日

笑顔で見れる座頭市 ざ らすと



監督: 阪本順治「どついたるねん」「顔」「亡国のイージス」「闇の子供たち」
原作: 子母澤寛
脚本: 山岸きくみ
出演: 香取慎吾、石原さとみ、原田芳雄、倍賞千恵子、仲代達矢 ほか
ストーリー:勝新太郎、ビートたけしが演じてきた盲目の居合いの達人・座頭市にSMAPの香取慎吾が扮し、市の最期を描く「最後の座頭市」。

私は、「座頭市」シリーズというのを観たことがない。
今回観てみようと思ったのは、THE LAST ということかな。
初めてみるのに、ラストからって。

興味は、阪本順治監督とSMAPの香取慎吾さんが、どのようなコラボレーションをしたのか、そのひしめき合いがみたかった。

香取慎吾さん演じる、市(イチ)は明るくて、どうしてもバラエティーの色が濃い。思わず、彼のその動きがコミカルに見えてしまうのは私だけでしょうか。

でもそれはそれで、後半にいくにつれ、頼もしく見えてきたキャラクターにまとまったので結果的にはよいと思う。

強さと優しさとを持つヒーローがうまく描かれてた。

加藤清史郎くんの演技、光ってました。お父さんを亡くして、ワンワン泣く姿はとても素直なお芝居で。
ちょっと胸打たれます。

2010年6月4日金曜日

【パーマネント野ばら】



















監督: 吉田大八「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「クヒオ大佐」
原作: 西原理恵子
脚本: 奥寺佐渡子
出演:菅野美穂、江口洋介、夏木マリ、小池栄子、池脇千鶴ほか



 
 舞台は原作者の故郷の高知県のとある町。主人公、なおこの実家はパーマ屋さん。
 この店を営む母親役に夏木マリ。登場した瞬間が一番インパクトあったかな。

 そして、常連客のおばあちゃん達のオトコの話。そんなおばあちゃんたちの頭にパンチパーマをあてながらタバコをくわえてみせる母、マリさんはかっこいい。

 離婚をして子供と実家に戻って来た、なおこ。
 オトコ運の悪い幼馴染たちとそれを囲むダメダメなオトコたち。
 ドタバタする田舎のとある日常?オーバーだけど、アルアルと思ってみたり。

 中盤、特に大きな山もなく過ぎていくいのだろうと思って見ていたのでラストのシーン近くでハッとできたというのが本音。
 いい意味で油断していたという感じ。

 原作を読んでなんとなく想像していたことが、映画ではうまく、心が立体的に表現されたっていうかなんというか。

 ひとによっては、どんでん返し、と表現したりするかもしれないが、主人公なおこの中ではずっと流れていた時間なんだね。
 

ダメダメ亭主を亡くし、その遺品をいつもの丘に埋める幼馴染のともちゃんに
 
 なおこ「じつはね・・・」

 ともちゃん「うん、何回も聞いたよ(と笑顔)」

 なおこ「・・・」

そして、海辺にいるなおこのところに、幼馴染のみっちゃんがやって来て

 みっちゃん「あっ、デート中か・・・」

 なおこ「(我に返り)みっちゃん、、わたし、、クルッてる?!」

 

前半、私はなおこに感情移入できないなあって見てたんだけど、(というかちょっと批判的な思いもってたかもしれない)

 ここで突然、彼女を肯定できちゃった。

この映画観られてる方でそう思った方多いのでは?



 忘れたい、とか思うことってみんな一つや二つは持ってると思うんだけど、その思いってその後、いろんな形でその人に影響してるのかもしれない。(たとえ自覚がないひとでも)

 「痛み」っていうのかなあ、人と出会っていろんな経験をしてくと生まれてくる感情。

 現実的に生きていくにはその感情になかなか素直のままでは生きていけないというのが大人だったりして。

こういうこころの部分にこの映画はひとつぶのエッセンスを送ってくれる。



田舎を舞台に映画を、なんて考えて、2年前に短編「幸せな記憶」を書いたときの感情が甦った、
その瞬間、ふわッと胸が熱くなりました。

2010年5月9日日曜日

かっこいい映像とくクスっとするほろ苦さが

小津安二郎監督の映画のゆったりと流れる映像を久しぶりにゆっくり味わった。
巨匠の作品について大それたことは言えませんが、本日鑑賞した「秋刀魚の味」は遺作となった作品。
有名な「東京物語」「麦秋」「晩春」など前期のものは白黒でかなり昔の日本といった印象があるが、この作品はカラー作品で戦後の日本のとある家族の風景が描かれている。
小津監督の映画はその時代時代を丁寧な演出と映像で切り取ったような、趣がある作品で、観ていてしみじみする。



映像的にはオープニングの赤いラインが入った工場の煙突が並んだカットはかっこいいし、時代を感じる。そのほかにも(佐田啓二)と(岡田茉莉子)演じる長男夫婦の住む団地の風景。色や配置が視覚的にかっこいい。




ストーリーは、母親の死後、父の平山(笠智衆)が同窓生から娘(岩下志麻)の縁談を持ちかけられ、そろそろ嫁に出さねばと考えはじめ、決心をするまでの葛藤と娘が嫁に出て行くまでのお話。


通称ひょうたんと呼ばれる恩師を囲んだ同窓会では酔いつぶれた恩師を自宅まで送り届け、妻に先立たれた恩師が繁華街でラーメン屋を営み、嫁に行き遅れた娘には冷たい態度をとられている。
「孤独だよ」と酔っ払いながら寝てしまう恩師を見て平山は決心をする。
ひょうたんの店を再び訪れた平山は軍隊時代の部下に再会。その部下に連れられていったバーではそれを営んでいる(岸田今日子)がどこか亡き妻に似ていると感じ、軍艦マーチを聞きながら酒を飲む。





独特の淡々としたテンポとセリフ。登場人物たちのセリフにはどこかユーモアがあり、その中に垣間見れる人間味が絶妙なバランスで、自然に惹きこまれていく。

「秋刀魚の味」は最後に一滴涙が頬をつたう、ほろ苦いけどこころあたたかな映画。

2010年4月26日月曜日

武士道シックスティーン

古厩智之監督の映画「武士道シックスティーン」
よかった。

二人の女性が登場し、互いが影響を受け合う。彼女たちは気づかずにいた、または目を背けていた自分に気づき、互いが本音をぶつけ合うことで一歩前へ踏み出すことができる。
私が処女作でやりたかったこと。また、直しの課題に思っていたことを見させていただきました。
二人のキャラクターの対比、キャラクターの心情の変化、登場人物が目標に向かってストーリーが進んでいく。笑えて、泣けて、とてもいい映画でした。
映画とはこうやって作るんだ、とお手本を見せてもらえた気持ちです。


映画として観客を引き込ませるにはそれなりの作り方がとても重要です。
極端な例としては、一日という設定で作ってみる、ということをアドバイスでもらいました。
一日という設定で描くとなると、キャラクター性とストーリー描写が深くならざるを得ないとう縛りがあるからとのこと。納得していたところでした。


その点でこの作品は、キャラクターがもつ葛藤を剣道というスポーツを女子が取り組む、という設定の中でとてもよく描かれていたと思います。各々の明確なキャラクター設定は見ている側にとても分りやすく、また気持ちよく映ります。


成海璃子演じる磯谷香織は、女子なのに考え方や言動が侍?というか男子脳。こうゆう女子はいないだろうからおもしろい。けど、スポーツに燃えてる女子の強調としてはアリアリ。と、リアルに感じられたのもよかった。彼女はが幼いころから父に褒められたくて、笑う顔が見たくて、剣道を続け勝つことを目指してきた。そして今は高校の同級生が遊ぶ遊びを何も知らない、楽しさをしらない。
「なぜ私は勝つことを目指しているの?」
そんな彼女がライバル、西荻早苗(演じる北乃きい)の自分に出来ない剣道の強さを見てしまったときに心が折れ、剣道を辞めてしまいたくなる。ここで等身大の女子高生にかえり、見ている人たちに共感をさそう。


これ以上は書きませんが西荻早苗もしかり。
二人がぶつかったところを境にベクトルの矢印が交差するかのように違った、よい方向へと互いが進んでいく。

いい映画でしたよ。ほんとに。

2010年4月19日月曜日

『ソラニン』

いい映画だと思いました。
宮崎あおいさんのお芝居で泣けたシーンがありました。
感想はまたの機会に。

2010年2月15日月曜日

guest house でのcommunication

年末に横浜市にある住人同士のコミュニケーションをコンセプトとしたゲストハウスに引越しをした。
短期間の滞在ですが。

Ghana,Korea,Egypt,Australia,Germany,Holland,・・・
いろんな国や地域やからやってきた人たちと偶然にも出会う毎日の暮らしをしている。
英文科出身で英会話を習ってと、がんばってきた私ですが留学経験がありません。
未だ世界の文化をしらない私に予想もしていなかった国内留学的環境に少しずつ慣れてきた日々。



昨晩は、国際恋愛してる人たちの両親の理解の違い、とちょっとディープな話をしました。
日本人は、20歳はまだまだ子供かもしれません。30歳でも両親が心配をしてくれます。
こんな環境しか知らない私に彼らの言葉は私のアイデンティティを少し客観的に見させてくれている。


大手旅行代理店に勤めている韓国人女性とはスピッツが好き、バンド経験があることを知りちょっと盛り上がってます。
彼女が今度ドラマで「ばらの花」って曲が使われるんだけどアーティストなんだっけって、あっそれは確か私も好きな曲で何度も聞いていた・・・くるり! あ~そうそう!と喜んでくれた彼女。来月彼女が出発するまでにはアルバム「TEAM ROCK」を送ろう。と思ってアルバムひっぱり出しました。

2010年2月1日月曜日

サンダンス受賞とその後

久しぶりに倉田ケンジ監督からご連絡をいただいた。

「スプートニク・バンケット」に参加させていただいたのはもう何年も前になりますが、当時監督の思いに答えられず悔し涙を撮影前に流したことも思い出します。いい経験をさせていただきました。倉田組には実家まで来て服を選んでいただいたり、みんなで夕日まちをして何度も川沿いを自転車で往復したりと、映画を作っている実感をもてた作品です。今は生みの苦しみが少し理解できる人間に成長しつつあります。

作品【彼女のSpeed (英題:SpeedGirl)】がサンダンスNHK国際映像作家賞2009グランプリ受賞
とはとても嬉しい限りです。また6年ほど前に読ませていただいた作品【緋音町怪絵巻 ‐Mystery of Akane-cho‐】がDVD発売されるとのこと。感慨深いですね。

私も年明けから新作にようやく取り掛かりはじめているのですが、なんだかんだと映画と共に生きてきたことを実感している今日この頃。

2009年11月6日金曜日

『THIS IS IT』

マイケル・ジャクソンに会ってきました。
いや、話題の映画を観に行ってきたんですけどもね。(笑)

あまりにも偉大な人だったので、生前は当たり前のように受け止めてしまっていて存在を気にかけたことがありませんでした。
ただ、やっぱりこの世を去られてしまうとファンではなかった私でもなんだかさびしくなり。
周りで騒いでいる知り合いたちも『THIS IS IT』は映画館で見たい!と言っていて。
昨日観に行ってきました。

リアルにマイケルを感じられたのが嬉しかった。自分の感じていることを回りの人たちに一生懸命に伝えるマイケルはやはり偉大でした。
その感じ方に愛があふれていたんですね。
生きていました!この世に存在していた人物だったのです。
マイケルにはまだまだお膝元にも及ばない小さな人間ですが、感動は伝わりました。


中学生だった私と友達たちとで「Bad」のアルバムの曲を真似て踊っていたのも懐かしい思い出です。