3月
☆映画☆
「横道世之介」 沖田修一監督
「奥さまは魔女」 ノーラ・エフロン監督
「ベティ・サイズモア」 ニール・ラビュート監督
「RISE UP」 中島良監督
「めまい」 アルフレッド・ヒッチコック監督
☆ドラマ☆
「それでも、生きてゆく」 坂元裕二脚本
4月
☆映画☆
「SOMEWHERE」 ソフィア・コッポラ監督
「ゲームの規則」 ジャン・ルノワール監督
「クロエ」 利重剛監督
「神童」「コドモのコドモ」「帰郷」 萩生田宏治監督
「サマー・ナイト」 ウディ・アレン監督
「まぼろし」 フランソワ・オゾン監督
☆舞台☆
「今ひとたびの修羅」 シス・カンパニー いのうえひでのり演出
2014年2月27日木曜日
2014年2月21日金曜日
2013年の文化活動まとめ(その1)
☆映画☆
1月
「レ・ミゼラブル」 トム・フーパー監督
「トスカーナの贋作」 アッバス・キアロスタミ監督
「求愛」 金井純一監督
「麗しのサブリナ」 ビリー・ワイルダー監督
「ミート・ザ・ペアレンツ」 ジェイ・ローチ監督
「お引越し」 相米慎二監督
「アルゴ」 ベン・アフレック監督
2月
「サウンド・オブ・ミュージック」 ロバート・ワイズ監督
「異人たちとの夏」 大林宣彦監督
「ダイ・ハード ラスト・デイ」 ジョン・ムーア監督
「M★A★S★H マッシュ」 ロバート・アルトマン監督
「マンハッタン」 ウディ・アレン監督
「マグノリア」 ポール・トーマス・アンダーソン監督
「草原の椅子」 成島出監督
2012年3月15日木曜日
永遠と一日
テオ・アンゲロプロス監督作品、「永遠と一日」を観てきた。
北ギリシャの港町を舞台に、作家で詩人のアレクサンドロスの最期の一日とアルバニア難民の少年との交流を現在、過去、未来、そして現実と夢とで描いた作品。
青い海と夏の日に胸がしめつけられる感覚がたまらない。きれいな海の映像が挿入されるので悲しい感じはしないのだけれど、死期の近い母との会話や難民の少年との出会いと別れ、そして思い出の中で死に別れした妻と気持ちを通わせたいという思い、何よりも病におかされた自分自身がこの世と別れていくということ。これらの別れが郷愁ただよう世界として描かれていて心に残った。
(ストーリー)
アレクサンドロスは不治の病を得て、入院を明日に控え、人生最後の一日を迎える。母の呼ぶ声を耳に親友と島へと泳いだ少年の日の思い出の夢から目覚める。
彼は、妻アンナが遺した手紙を託すため、娘の元を訪ね、「9月20日は私の日・・・」と始まる一通の手紙からある夏の日、生まれたばかりの娘を囲んでの海辺の家での思い出をよみがえらせた。
町に出た彼はアルバニア難民の少年と出会い、国境まで少年を送り帰そうとするが、彼は離れようとしない。河辺で少年に前世紀の詩人ソロモスの話をするアレクサンドロス。幻想のなかでかの人ソロモスに出会うふたり。痛みをこらえながらアレクサンドロスは少年と旅を続けるうち、さらに過去の記憶が甦る。
仲間と旅立つという少年とバスに揺られていると、さまざまな人々が夢かうつつか乗り込んできて幻想的に描かれる。
結局、少年は大きな船で去っていき、思い出のこもった海辺の家は解体されることになる。病院行きをやめたアレクサンドロスの耳には、亡き妻の声が響く。(完)
北ギリシャの港町を舞台に、作家で詩人のアレクサンドロスの最期の一日とアルバニア難民の少年との交流を現在、過去、未来、そして現実と夢とで描いた作品。
青い海と夏の日に胸がしめつけられる感覚がたまらない。きれいな海の映像が挿入されるので悲しい感じはしないのだけれど、死期の近い母との会話や難民の少年との出会いと別れ、そして思い出の中で死に別れした妻と気持ちを通わせたいという思い、何よりも病におかされた自分自身がこの世と別れていくということ。これらの別れが郷愁ただよう世界として描かれていて心に残った。
(ストーリー)
アレクサンドロスは不治の病を得て、入院を明日に控え、人生最後の一日を迎える。母の呼ぶ声を耳に親友と島へと泳いだ少年の日の思い出の夢から目覚める。
彼は、妻アンナが遺した手紙を託すため、娘の元を訪ね、「9月20日は私の日・・・」と始まる一通の手紙からある夏の日、生まれたばかりの娘を囲んでの海辺の家での思い出をよみがえらせた。
町に出た彼はアルバニア難民の少年と出会い、国境まで少年を送り帰そうとするが、彼は離れようとしない。河辺で少年に前世紀の詩人ソロモスの話をするアレクサンドロス。幻想のなかでかの人ソロモスに出会うふたり。痛みをこらえながらアレクサンドロスは少年と旅を続けるうち、さらに過去の記憶が甦る。
仲間と旅立つという少年とバスに揺られていると、さまざまな人々が夢かうつつか乗り込んできて幻想的に描かれる。
結局、少年は大きな船で去っていき、思い出のこもった海辺の家は解体されることになる。病院行きをやめたアレクサンドロスの耳には、亡き妻の声が響く。(完)
2012年2月23日木曜日
「ものすごくてうるさくて、ありえないほど近い」
監督/スティーヴン・ダルドリー 原作/ジョナサン・サフラン・フォア
出演/トムハンクス サンドラ・ブロック トーマス・ホーン
9.11で父親を亡くした子供が、父の遺した鍵をもとに、
父からのメッセージを探す心の旅を描いた作品。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
こうゆうテーマの作品は今、日本でみるタイミングなのだろうか、とも考える。
東日本大震災からまだ1年という今、あまりにも現実が大きくてきれいごとに写りかねない。
しかし、アメリカ同時多発テロという悲惨な出来事で最愛の父を亡くした少年と一緒になって苦しみを乗り越えていく体験ができるこの映画は貴重だと思う。
大切な人と突然会えなくなってしまうことは人にどれだけ、心的衝撃を与えるかを、成長過程にある子供の不安定さを目の当たりにすることにより感じることができる。
物語の途中で、少年の旅に同行する口がきけなくなってしまったおじいさんとの交流は感動できる。恐怖心が強く、電車やブランコに乗れない少年をなんとかしたいという表情がよかった。
おじいさんも過去に爆発事故により大切な人を失っている。それによって言葉を発することが出来なくなった、という少年と同じ、過去に痛みを抱えているということが二人の距離をぐっと近づける。
少年はおじいさんの肩をすくめる癖を見て、父親の父だと直感し、そこに自分を成長させてくれるであろう父性を求める。なんとも切ないがこころあたたまる情景。
うるさいことを云うばかりでなく、ありえないほど近くにいてあげる。
母親の言葉ではなく、少年の気持ちを分かろうとする行動。
大切な人を失うという経験はどんな形であれ、生きている限り誰もが経験することで、それを乗り越えるには、自分たちだけではないということを知り、思いや痛みを共感できることが大切だと教えてくれる。
出演/トムハンクス サンドラ・ブロック トーマス・ホーン
9.11で父親を亡くした子供が、父の遺した鍵をもとに、
父からのメッセージを探す心の旅を描いた作品。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
こうゆうテーマの作品は今、日本でみるタイミングなのだろうか、とも考える。
東日本大震災からまだ1年という今、あまりにも現実が大きくてきれいごとに写りかねない。
しかし、アメリカ同時多発テロという悲惨な出来事で最愛の父を亡くした少年と一緒になって苦しみを乗り越えていく体験ができるこの映画は貴重だと思う。
大切な人と突然会えなくなってしまうことは人にどれだけ、心的衝撃を与えるかを、成長過程にある子供の不安定さを目の当たりにすることにより感じることができる。
物語の途中で、少年の旅に同行する口がきけなくなってしまったおじいさんとの交流は感動できる。恐怖心が強く、電車やブランコに乗れない少年をなんとかしたいという表情がよかった。
おじいさんも過去に爆発事故により大切な人を失っている。それによって言葉を発することが出来なくなった、という少年と同じ、過去に痛みを抱えているということが二人の距離をぐっと近づける。
少年はおじいさんの肩をすくめる癖を見て、父親の父だと直感し、そこに自分を成長させてくれるであろう父性を求める。なんとも切ないがこころあたたまる情景。
うるさいことを云うばかりでなく、ありえないほど近くにいてあげる。
母親の言葉ではなく、少年の気持ちを分かろうとする行動。
大切な人を失うという経験はどんな形であれ、生きている限り誰もが経験することで、それを乗り越えるには、自分たちだけではないということを知り、思いや痛みを共感できることが大切だと教えてくれる。
2012年2月18日土曜日
道
フェディリコ•フェリーニの『道』
これを好きな映画と言う人にまた出会ったので、観てみることにした。
欲情にこりかたまった旅芸人のザンパノは少々頭の弱いジェルソミーナをタダ同然で買い取った。心の素直なジェルソミーナはザンパノと一緒に旅に出る。
芸を仕込まれたジェルソミーナだが、女好きなザンパノに嫌気がさし、逃げていく。
その後、ザンパノに連れ戻され、綱渡り芸人のいるサーカス団に合流することになる。
そこで出会った綱渡り芸人は何かとザンパノをからかって逆上させる。
ある夜、ジェルソミーナはこぼす。
「私は何の役にも立っていない。顔だって美人じゃないし、頭だって良くない、なんでここにいるんだろう?」と。
とても悲しい顔をする。
それを見て、綱渡り芸人は言う。
「たとえば、この小石だって役に立っている。 空の星だってそうなんだ。 君もそうなんだ。」
それを聞いた、彼女はすっかり笑顔を取り戻し、ザンパノについて行くことを決める。
このシーンは、一夜明けて、電車に揺られている時にふと思い出した。
胸打たれるシーンです。
しかし後日、ザンパノは故障した自動車を直す綱渡り芸人を見かけ、綱渡り芸人を撲殺してしまう。
綱渡り芸人の死に放心状態となり、泣いてその場を離れようとしないジェルソミーナ。ザンパノは役に立たなくなったジェルソミーナを見捨て、去ってゆく。
時が流れ、見知らぬ海辺の町に立ち寄ったザンパノは、耳慣れた歌を耳にした。その町に住む女に尋ねると、頭の弱い女がしばらくその海岸を放浪していたが、誰にも省みられることなく死んでいったという。
それはジェルソミーナがラッパで吹いていた曲。
海岸にやってきたザンパノは、ひとり泣き崩れる。
タイトルにあるように、人にはそれぞれのゆく道がある。
別れて行った人の道が、人の心を揺さぶることもあるのが人生なのかしら。
これを好きな映画と言う人にまた出会ったので、観てみることにした。
欲情にこりかたまった旅芸人のザンパノは少々頭の弱いジェルソミーナをタダ同然で買い取った。心の素直なジェルソミーナはザンパノと一緒に旅に出る。
芸を仕込まれたジェルソミーナだが、女好きなザンパノに嫌気がさし、逃げていく。
その後、ザンパノに連れ戻され、綱渡り芸人のいるサーカス団に合流することになる。
そこで出会った綱渡り芸人は何かとザンパノをからかって逆上させる。
ある夜、ジェルソミーナはこぼす。
「私は何の役にも立っていない。顔だって美人じゃないし、頭だって良くない、なんでここにいるんだろう?」と。
とても悲しい顔をする。
それを見て、綱渡り芸人は言う。
「たとえば、この小石だって役に立っている。 空の星だってそうなんだ。 君もそうなんだ。」
それを聞いた、彼女はすっかり笑顔を取り戻し、ザンパノについて行くことを決める。
このシーンは、一夜明けて、電車に揺られている時にふと思い出した。
胸打たれるシーンです。
しかし後日、ザンパノは故障した自動車を直す綱渡り芸人を見かけ、綱渡り芸人を撲殺してしまう。
綱渡り芸人の死に放心状態となり、泣いてその場を離れようとしないジェルソミーナ。ザンパノは役に立たなくなったジェルソミーナを見捨て、去ってゆく。
時が流れ、見知らぬ海辺の町に立ち寄ったザンパノは、耳慣れた歌を耳にした。その町に住む女に尋ねると、頭の弱い女がしばらくその海岸を放浪していたが、誰にも省みられることなく死んでいったという。
それはジェルソミーナがラッパで吹いていた曲。
海岸にやってきたザンパノは、ひとり泣き崩れる。
タイトルにあるように、人にはそれぞれのゆく道がある。
別れて行った人の道が、人の心を揺さぶることもあるのが人生なのかしら。
2012年2月6日月曜日
しあわせのパン
監督・脚本は三島有紀子。
舞台は、北海道にある静かな町・月浦。
東京から北海道の月浦に移り住み、パンカフェ、マーニを始めた水縞尚(大泉洋)とりえ(原田知世)の夫婦。
りえは、大好きな絵本「月とマーニ」を子供の頃から大切に持っている。東京での暮らしの中で父親を失ってしまうと、うまく笑えなくなってしまった。
それを見て、尚が月浦で好きなものに囲まれた生活をしよう、と言ってくれてマーニを開いた。
尚がパンを焼き、りえがそれに合うコーヒーを淹れ、料理を作る。
マーニの前には、湖があり、夜になると月が輝き、常連客とご近所さんたちが集まる。
革の大きなトランクを抱えた山高帽の阿部は、実においしそうにコーヒーを飲み、パンを食べ、近所で農家をやっている夫婦は、子沢山でとても幸せそう。
なんでも聞こえてしまう地獄耳の硝子作家、陽子に、「りえさん、今日もきれいですね」と声をかける郵便屋さん。
まるで絵本の世界のよう。
物語は、夏、秋、冬と、悩みを抱えたお客様がやってきて展開する。
夏の客。
東京から一人の女性、香織が突然やってきた。沖縄旅行をすっぽかされた傷心の香織。そこに北海道から出られない青年、常連の時生がやってくる。沖縄に行ったことになっているので沖縄土産を探したり、日焼けをするために野原に寝そべったりと、香織に付き合う時生は次第に彼女に惹かれていく。
香織のために誕生パーティを開いた水縞夫妻。香織は二人が幸せそうにパンを分け合うのを見て、こころから二人に感謝する。
東京に帰る日、バス停に待つ香織のところへバイクで時生がやってきて二人はそのまま東京へ向かう。
秋の客。
近くに住む小学生の少女、未久。
母親が家を出てしまい、父親と二人暮らしをしているが口をあまりきかない。そんな娘にどう接していいかわからない父親。
水縞夫妻は二人をマーニに呼び、料理をもてなす。母親が得意だったかぼちゃのポタージュを作ってもらうと、最初は違うと嫌がる未久だったが、しばらく一人になって考える。そして、パンとポタージュをおいしいね、と笑顔で食べ始める。
パパと一緒に悲しみたかったと寄り添う娘と父親の姿に涙がこぼれてくる。
冬の客。
吹雪の夜、老夫婦から泊めてほしいと連絡が来る。
この地は二人の思い出の地である。
震災で娘を失い、二人で生きて来たが、妻は病にかかり余命わずか。
夫はこの思い出の地を、最期の地にしようと妻を連れて来ていた。
日に日に衰えていく自分が悲しいのだという。
水縞夫妻は吹雪の中、外に出ようとする老夫婦を引き留め、あたたかい料理をつくる。おいしいと喜んで食べる妻。そして、食べられないはずのパンを口にして「明日もこのパンが食べたい」とつぶやく。夫はその声に希望をみつける。
春、一通の手紙が届く。最期に妻と私に生きる喜びを与えてくれたことに感謝をしているという内容である。
りえのこころはとても純粋で、悲しい人の気持ちが、時々、りえのこころにも入ってきてしまう。
水縞夫妻はお客さまたちをあたたかく見守り、相手を思いやった一言をかける。
客さまがよろこんでくれると、夫妻もとても幸せそうな笑顔になる。
幸せの伝播だ。
夫妻の作った焼きたてのパンを大切な二人で半分こするシーンには涙がこぼれてくる。そして、優しい気持ちになる。
印象的なシーンに、深い雪の上を歩く、りえを真上から撮った絵があって、どうやって撮影したのかなあって思って見ていたら、ラストの「来年の新しいお客さま」につながったのでなるほど〜と思った。
映画館を出て行く人たちの後ろ姿がほっこりしていたのが印象的でした。
舞台は、北海道にある静かな町・月浦。
東京から北海道の月浦に移り住み、パンカフェ、マーニを始めた水縞尚(大泉洋)とりえ(原田知世)の夫婦。
りえは、大好きな絵本「月とマーニ」を子供の頃から大切に持っている。東京での暮らしの中で父親を失ってしまうと、うまく笑えなくなってしまった。
それを見て、尚が月浦で好きなものに囲まれた生活をしよう、と言ってくれてマーニを開いた。
尚がパンを焼き、りえがそれに合うコーヒーを淹れ、料理を作る。
マーニの前には、湖があり、夜になると月が輝き、常連客とご近所さんたちが集まる。
革の大きなトランクを抱えた山高帽の阿部は、実においしそうにコーヒーを飲み、パンを食べ、近所で農家をやっている夫婦は、子沢山でとても幸せそう。
なんでも聞こえてしまう地獄耳の硝子作家、陽子に、「りえさん、今日もきれいですね」と声をかける郵便屋さん。
まるで絵本の世界のよう。
物語は、夏、秋、冬と、悩みを抱えたお客様がやってきて展開する。
夏の客。
東京から一人の女性、香織が突然やってきた。沖縄旅行をすっぽかされた傷心の香織。そこに北海道から出られない青年、常連の時生がやってくる。沖縄に行ったことになっているので沖縄土産を探したり、日焼けをするために野原に寝そべったりと、香織に付き合う時生は次第に彼女に惹かれていく。
香織のために誕生パーティを開いた水縞夫妻。香織は二人が幸せそうにパンを分け合うのを見て、こころから二人に感謝する。
東京に帰る日、バス停に待つ香織のところへバイクで時生がやってきて二人はそのまま東京へ向かう。
秋の客。
近くに住む小学生の少女、未久。
母親が家を出てしまい、父親と二人暮らしをしているが口をあまりきかない。そんな娘にどう接していいかわからない父親。
水縞夫妻は二人をマーニに呼び、料理をもてなす。母親が得意だったかぼちゃのポタージュを作ってもらうと、最初は違うと嫌がる未久だったが、しばらく一人になって考える。そして、パンとポタージュをおいしいね、と笑顔で食べ始める。
パパと一緒に悲しみたかったと寄り添う娘と父親の姿に涙がこぼれてくる。
冬の客。
吹雪の夜、老夫婦から泊めてほしいと連絡が来る。
この地は二人の思い出の地である。
震災で娘を失い、二人で生きて来たが、妻は病にかかり余命わずか。
夫はこの思い出の地を、最期の地にしようと妻を連れて来ていた。
日に日に衰えていく自分が悲しいのだという。
水縞夫妻は吹雪の中、外に出ようとする老夫婦を引き留め、あたたかい料理をつくる。おいしいと喜んで食べる妻。そして、食べられないはずのパンを口にして「明日もこのパンが食べたい」とつぶやく。夫はその声に希望をみつける。
春、一通の手紙が届く。最期に妻と私に生きる喜びを与えてくれたことに感謝をしているという内容である。
りえのこころはとても純粋で、悲しい人の気持ちが、時々、りえのこころにも入ってきてしまう。
水縞夫妻はお客さまたちをあたたかく見守り、相手を思いやった一言をかける。
客さまがよろこんでくれると、夫妻もとても幸せそうな笑顔になる。
幸せの伝播だ。
夫妻の作った焼きたてのパンを大切な二人で半分こするシーンには涙がこぼれてくる。そして、優しい気持ちになる。
印象的なシーンに、深い雪の上を歩く、りえを真上から撮った絵があって、どうやって撮影したのかなあって思って見ていたら、ラストの「来年の新しいお客さま」につながったのでなるほど〜と思った。
映画館を出て行く人たちの後ろ姿がほっこりしていたのが印象的でした。
2011年1月23日日曜日
【ソーシャル・ネットワーク】

監督 :デビッド・フィンチャー
キャスト : ジェシー・アイゼンバーグ、アンドリュー・ガーフィールド、ジャスティン・ティンバーレイク
脚本 :アーロン・ソーキン
製作総指揮:ケビン・スペイシー、アーロン・ソーキン
脚本家がfacebookの開設者マーク・ザッカーバーグに取材を断られた上で
製作されているという映画なのでドキュメンタリー風のドラマではあるけれど、
少し前の今を感じられる映画としては面白い。
起業・投資・ネット・広告に関係するビジネスに身をおいて人脈を築こうと行動している
人たちにはとてもリアリティのある映画でしょう。
物語は訴訟問題が起きているところを軸に描かれていて、
生み出されるお金が大きくなればなるほど、本来の目的や友達との関係が
見えにくくなったり、エゴによって変化していく感情がみえてくる。
人が人を信じたくても信じられなくなってきたり、より自分の考えを
主張したくなったりしまう人間関係のごたごたが展開してゆく。
ハイスピードで流れるネットの世界。
短期間でひとつのビジネスモデルが成功し、それをめぐり訴訟が起きる。
この映画を観ていると2004年とか2005年といった過去が遥か遠い昔に
感じられてしまう。
これが今の時代の流れの象徴ですかね。
*****ここからはネタばれに注意*****
ジャスティン・ティンバーレイク演じる音楽配信サービスのNapsterを
つくったショーン・パーカーとマークがクラブで投資家に
「ザ・フェイスブック」の価値を認めてもらおう!と夢を語るシーン
には若者のリアリティがあり、臨場感がある。
クラブの音楽に高揚させられるようにビジネスへの価値観が一致している
と意気投合し、盛り上がる二人。
マークは利益優先ではなく、ネットを使って新しいムーブメントを作りたい
と夢を見ていて、一方、ショーンは地位や名声や遊びに貪欲な青年として描かれる。
頭がよくて、傲慢で、人の心の痛みに無神経な発言をしてしまうオタクなマークは
恋人と口論になり「アンタがモテないのは性格がサイテーだからよ」と言われた
ことをきっかけに酔った勢いでブログに彼女の悪口を書く。さらにハーバード大の
コンピュータをハッキングして女子学生の写真を集め、女の子の顔の格付けサイト
を立ち上げる。
公開から2時間で2万2000アクセスを記録するほどのものとなり、数時間後には
大学側にサイトをつぶされ公に。
そんなマークの能力に目をつけたハーバード大学ボート部に所属するエリート学生
の兄弟とその友人は「名誉挽回のチャンス」と称し、ハーバード大生専用の
コミュニティサイトの制作協力をマークに依頼。
マークは彼らのアイディアからヒントを得て、親友のエドゥアルド・サベリンに
協力を求め、「ザ・フェイスブック」をつくり始める。
物語のラストで新人弁護士の女性にかけられた一言で、訴訟真っ只中だけれども、
起業をしてからの短期間のさまざまな経験とフェイスブックを起こすきっかけと
なった自分の気持ちがシンクロしているシーンがちょっと寂しい一人の人間の姿に映る。
時代の産物に振り回されたようにもみえる、なるべくしてなった人間関係。
ビジネスのスピードには面白さもあるだろうけれど、人間関係が希薄でもろく、
移ろいやすさもある。
時間の流れが速くなればなるほど、親友のエドゥアルドのように人間関係を
ゆっくり築いていこうとする者がおいていかれる図。
マークとショーンが「フェイスブック」に新しい投資起業をつけ、大きく
進み出したときには悔しい気持ちと怒りをぶちまけることになってしまうエドゥアルドだ。
ビジネスはスピードとアイディアだというのがIT業界では顕著なのですね。
アイディアを盗まれたと訴訟を起こす、ボート部の体育会系のハーバード大学生の
姿もこの映画の中ではすごくスローで、皮肉にも能無しのように見えてしまう。
観ていてワクワクしたり、熱くなったりもするけれど、後味はちょっと寂しいと
感じるのは登場人物との世代の違いでしょうか。
人間らしさってなんだか分らなくなりつつある、時代の過渡期にも感じられた。
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