2012年2月18日土曜日

フェディリコ•フェリーニの『道』

これを好きな映画と言う人にまた出会ったので、観てみることにした。

欲情にこりかたまった旅芸人のザンパノは少々頭の弱いジェルソミーナをタダ同然で買い取った。心の素直なジェルソミーナはザンパノと一緒に旅に出る。

芸を仕込まれたジェルソミーナだが、女好きなザンパノに嫌気がさし、逃げていく。

その後、ザンパノに連れ戻され、綱渡り芸人のいるサーカス団に合流することになる。
そこで出会った綱渡り芸人は何かとザンパノをからかって逆上させる。



ある夜、ジェルソミーナはこぼす。

「私は何の役にも立っていない。顔だって美人じゃないし、頭だって良くない、なんでここにいるんだろう?」と。
とても悲しい顔をする。

それを見て、綱渡り芸人は言う。

「たとえば、この小石だって役に立っている。 空の星だってそうなんだ。 君もそうなんだ。」

それを聞いた、彼女はすっかり笑顔を取り戻し、ザンパノについて行くことを決める。


このシーンは、一夜明けて、電車に揺られている時にふと思い出した。
胸打たれるシーンです。



しかし後日、ザンパノは故障した自動車を直す綱渡り芸人を見かけ、綱渡り芸人を撲殺してしまう。

綱渡り芸人の死に放心状態となり、泣いてその場を離れようとしないジェルソミーナ。ザンパノは役に立たなくなったジェルソミーナを見捨て、去ってゆく。

時が流れ、見知らぬ海辺の町に立ち寄ったザンパノは、耳慣れた歌を耳にした。その町に住む女に尋ねると、頭の弱い女がしばらくその海岸を放浪していたが、誰にも省みられることなく死んでいったという。
それはジェルソミーナがラッパで吹いていた曲。
海岸にやってきたザンパノは、ひとり泣き崩れる。



タイトルにあるように、人にはそれぞれのゆく道がある。
別れて行った人の道が、人の心を揺さぶることもあるのが人生なのかしら。

2012年2月6日月曜日

しあわせのパン

監督・脚本は三島有紀子。
舞台は、北海道にある静かな町・月浦。
東京から北海道の月浦に移り住み、パンカフェ、マーニを始めた水縞尚(大泉洋)とりえ(原田知世)の夫婦。
りえは、大好きな絵本「月とマーニ」を子供の頃から大切に持っている。東京での暮らしの中で父親を失ってしまうと、うまく笑えなくなってしまった。
それを見て、尚が月浦で好きなものに囲まれた生活をしよう、と言ってくれてマーニを開いた。
尚がパンを焼き、りえがそれに合うコーヒーを淹れ、料理を作る。
マーニの前には、湖があり、夜になると月が輝き、常連客とご近所さんたちが集まる。
革の大きなトランクを抱えた山高帽の阿部は、実においしそうにコーヒーを飲み、パンを食べ、近所で農家をやっている夫婦は、子沢山でとても幸せそう。
なんでも聞こえてしまう地獄耳の硝子作家、陽子に、「りえさん、今日もきれいですね」と声をかける郵便屋さん。
まるで絵本の世界のよう。


物語は、夏、秋、冬と、悩みを抱えたお客様がやってきて展開する。

夏の客。
東京から一人の女性、香織が突然やってきた。沖縄旅行をすっぽかされた傷心の香織。そこに北海道から出られない青年、常連の時生がやってくる。沖縄に行ったことになっているので沖縄土産を探したり、日焼けをするために野原に寝そべったりと、香織に付き合う時生は次第に彼女に惹かれていく。
香織のために誕生パーティを開いた水縞夫妻。香織は二人が幸せそうにパンを分け合うのを見て、こころから二人に感謝する。
東京に帰る日、バス停に待つ香織のところへバイクで時生がやってきて二人はそのまま東京へ向かう。

秋の客。
近くに住む小学生の少女、未久。
母親が家を出てしまい、父親と二人暮らしをしているが口をあまりきかない。そんな娘にどう接していいかわからない父親。
水縞夫妻は二人をマーニに呼び、料理をもてなす。母親が得意だったかぼちゃのポタージュを作ってもらうと、最初は違うと嫌がる未久だったが、しばらく一人になって考える。そして、パンとポタージュをおいしいね、と笑顔で食べ始める。
パパと一緒に悲しみたかったと寄り添う娘と父親の姿に涙がこぼれてくる。

冬の客。
吹雪の夜、老夫婦から泊めてほしいと連絡が来る。
この地は二人の思い出の地である。
震災で娘を失い、二人で生きて来たが、妻は病にかかり余命わずか。
夫はこの思い出の地を、最期の地にしようと妻を連れて来ていた。
日に日に衰えていく自分が悲しいのだという。
水縞夫妻は吹雪の中、外に出ようとする老夫婦を引き留め、あたたかい料理をつくる。おいしいと喜んで食べる妻。そして、食べられないはずのパンを口にして「明日もこのパンが食べたい」とつぶやく。夫はその声に希望をみつける。
春、一通の手紙が届く。最期に妻と私に生きる喜びを与えてくれたことに感謝をしているという内容である。


りえのこころはとても純粋で、悲しい人の気持ちが、時々、りえのこころにも入ってきてしまう。
水縞夫妻はお客さまたちをあたたかく見守り、相手を思いやった一言をかける。
客さまがよろこんでくれると、夫妻もとても幸せそうな笑顔になる。
幸せの伝播だ。
夫妻の作った焼きたてのパンを大切な二人で半分こするシーンには涙がこぼれてくる。そして、優しい気持ちになる。

印象的なシーンに、深い雪の上を歩く、りえを真上から撮った絵があって、どうやって撮影したのかなあって思って見ていたら、ラストの「来年の新しいお客さま」につながったのでなるほど〜と思った。
映画館を出て行く人たちの後ろ姿がほっこりしていたのが印象的でした。

2011年1月23日日曜日

【ソーシャル・ネットワーク】



監督 :デビッド・フィンチャー
キャスト : ジェシー・アイゼンバーグ、アンドリュー・ガーフィールド、ジャスティン・ティンバーレイク
脚本 :アーロン・ソーキン
製作総指揮:ケビン・スペイシー、アーロン・ソーキン


脚本家がfacebookの開設者マーク・ザッカーバーグに取材を断られた上で
製作されているという映画なのでドキュメンタリー風のドラマではあるけれど、
少し前の今を感じられる映画としては面白い。

起業・投資・ネット・広告に関係するビジネスに身をおいて人脈を築こうと行動している
人たちにはとてもリアリティのある映画でしょう。



物語は訴訟問題が起きているところを軸に描かれていて、
生み出されるお金が大きくなればなるほど、本来の目的や友達との関係が
見えにくくなったり、エゴによって変化していく感情がみえてくる。
人が人を信じたくても信じられなくなってきたり、より自分の考えを
主張したくなったりしまう人間関係のごたごたが展開してゆく。


ハイスピードで流れるネットの世界。
短期間でひとつのビジネスモデルが成功し、それをめぐり訴訟が起きる。
この映画を観ていると2004年とか2005年といった過去が遥か遠い昔に
感じられてしまう。
これが今の時代の流れの象徴ですかね。


*****ここからはネタばれに注意*****


ジャスティン・ティンバーレイク演じる音楽配信サービスのNapsterを
つくったショーン・パーカーとマークがクラブで投資家に
「ザ・フェイスブック」の価値を認めてもらおう!と夢を語るシーン
には若者のリアリティがあり、臨場感がある。
クラブの音楽に高揚させられるようにビジネスへの価値観が一致している
と意気投合し、盛り上がる二人。

マークは利益優先ではなく、ネットを使って新しいムーブメントを作りたい
と夢を見ていて、一方、ショーンは地位や名声や遊びに貪欲な青年として描かれる。



頭がよくて、傲慢で、人の心の痛みに無神経な発言をしてしまうオタクなマークは
恋人と口論になり「アンタがモテないのは性格がサイテーだからよ」と言われた
ことをきっかけに酔った勢いでブログに彼女の悪口を書く。さらにハーバード大の
コンピュータをハッキングして女子学生の写真を集め、女の子の顔の格付けサイト
を立ち上げる。
公開から2時間で2万2000アクセスを記録するほどのものとなり、数時間後には
大学側にサイトをつぶされ公に。

そんなマークの能力に目をつけたハーバード大学ボート部に所属するエリート学生
の兄弟とその友人は「名誉挽回のチャンス」と称し、ハーバード大生専用の
コミュニティサイトの制作協力をマークに依頼。
マークは彼らのアイディアからヒントを得て、親友のエドゥアルド・サベリンに
協力を求め、「ザ・フェイスブック」をつくり始める。






物語のラストで新人弁護士の女性にかけられた一言で、訴訟真っ只中だけれども、
起業をしてからの短期間のさまざまな経験とフェイスブックを起こすきっかけと
なった自分の気持ちがシンクロしているシーンがちょっと寂しい一人の人間の姿に映る。



時代の産物に振り回されたようにもみえる、なるべくしてなった人間関係。
ビジネスのスピードには面白さもあるだろうけれど、人間関係が希薄でもろく、
移ろいやすさもある。


時間の流れが速くなればなるほど、親友のエドゥアルドのように人間関係を
ゆっくり築いていこうとする者がおいていかれる図。
マークとショーンが「フェイスブック」に新しい投資起業をつけ、大きく
進み出したときには悔しい気持ちと怒りをぶちまけることになってしまうエドゥアルドだ。
ビジネスはスピードとアイディアだというのがIT業界では顕著なのですね。

アイディアを盗まれたと訴訟を起こす、ボート部の体育会系のハーバード大学生の
姿もこの映画の中ではすごくスローで、皮肉にも能無しのように見えてしまう。

観ていてワクワクしたり、熱くなったりもするけれど、後味はちょっと寂しいと
感じるのは登場人物との世代の違いでしょうか。
人間らしさってなんだか分らなくなりつつある、時代の過渡期にも感じられた。

2010年9月11日土曜日

【サマーウォーズ】

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監督・原作: 細田守「時をかける少女」
脚本: 奥寺佐渡子
製作国: 2009年日本映画
上映時間: 114分
配給: ワーナー・ブラザース映画


ストーリー:
数学が得意だが気弱な高校2年生の健二は、憧れの先輩・夏希に頼まれ、夏休みの間、彼女の実家:陣内家で夏希のフィアンセとして過ごすことに。そんな時、健二はネット上の仮想空間OZで起きた事件に巻き込まれ、その影響が現実世界にも波及。夏希の一家ともども、世界の危機に立ち向かう。


アニメーションだから「世界の危機に立ち向かう」なんて壮大な設定ができてしまう。
普段あまりアニメーション映画を観ない私でしたが、脚本が奥寺佐渡子さんだったのと、いい映画と評判が高かったのもあり一度は観てみたかったこの映画。

映像のdetailについてはよく説明できませんが、ネット上のゲームで起きている戦いが、現実世界とうまくシンクロしているところがよかった。大人も子供も楽しめるストーリーになっていると思う。
長野県上田市という田舎町の旧家の歴史と、大家族の風景が仮想空間OZ(オズ)と対比され、またつながるように描かれ、ハラハラどきどき登場人物たちに仲間入りした気持ちになって見れてしまう。

展開されている話が非現実的なのに、登場人物が皆いるいる!って思えるほど性格と言動が魅力的に描かれている。
ここ数年のスタンダードになりつつある、古き良き日本の文化に懐かしさとともに郷愁を感じつつ、ああいう田舎のない私には羨ましく思えてしまうほど。

夏希の曽祖母である「ばあちゃん」がなんともいいことを言うんだな、これがまた。


感動できますよ。


仮想空間OZの管理権限の暗号パスワードが何者かに盗まれ、現実世界を制御するあらゆる機能が勝手に操作されてしまう!世界的な危機が起こってしまうかも!となったときに、陣内家の親戚中が一致団結して暴走する仮想上のアバターと戦う。
世界中の人たちが、そんな陣内家の人々が勇敢に戦う(ネット上ですがリアルとつながっているという設定ですから戦いは真剣なのです)姿に共感しみんな自分のアバターを使ってくださいって集まってくれる。
思いは通じる、が分りやすく描かれていて熱い気持ちになれるし、大事なものって伝わってるなあ。って安心できる。何度も言いますが参加してる気持ちになれちゃうところが私はよかったな。




2010年8月2日月曜日

【(500)日のサマー】



原題  : (500) Days of Summer
監督  : マーク・ウェブ
脚本  : スコット・ノイスタッター、マイケル・H・ウェバー
出演  : トム役 (ジョセフ・ゴードン=レビット)
      サマー役(ズーイー・デシャネル)
製作国 : 2009年アメリカ映画
上映時間: 96分


グリーティング・カード会社で働くトム。そこへ、社長秘書として入社してきたのがサマー。
トムは本当に人を愛するということを熱く語るロマンチスト。
サマーは美人でモテモテだが、愛の存在はないものとし、恋人は作らない主義。
そんなサマーに一目惚れをしたトムは、他のどの女性もがつまらないものだと目に映ってしまうほどサマーに夢中になっていく。

運命の恋を信じるトムは果敢にアタックし、遂にサマーの家へ招かれ一夜を共にする。
しかし、サマーにとってトムは運命の人ではなく、ただの「友だち」でしかなかった。。


恋愛は楽しむもの、という彼女の考えは、サマーを自分のものにしたいトムにとってはストレスフルなものへ感情を変化させていくのだ。


CMディレクター出身監督によるスタイリッシュな映像や、音楽に魅せられながら、「これはラブストーリーではない」と冒頭に断言されたリアルな世界へと入り込むことができる。


時系列に物語が進むのではなくて、タイトルにもあるように【500日】で何かが起きることは約束されているようなもの。
主人公トムの記憶が蘇るように物語が進んでゆくから、観ている人たちは特に大きなイベントやエピソードがなくとも、展開が予想できないので自然にお話に引き込まれてゆくという構成。

主人公の男性目線で描かれ、男性は心を乱されてしまうリアルな映画。
恋愛に奥手なトムには肩肘張らずに恋愛というものを楽しむサマーのフレキシブルさがまぶしく映るのだが、実はそれこそがトムのこれからに必要なものなのだろうと思わせる。


演じる若手の役者の魅力もあって、リアルな世界を観ていると感じながらも胸がキュんとなる映画でした☆

2010年6月14日月曜日

笑顔で見れる座頭市 ざ らすと



監督: 阪本順治「どついたるねん」「顔」「亡国のイージス」「闇の子供たち」
原作: 子母澤寛
脚本: 山岸きくみ
出演: 香取慎吾、石原さとみ、原田芳雄、倍賞千恵子、仲代達矢 ほか
ストーリー:勝新太郎、ビートたけしが演じてきた盲目の居合いの達人・座頭市にSMAPの香取慎吾が扮し、市の最期を描く「最後の座頭市」。

私は、「座頭市」シリーズというのを観たことがない。
今回観てみようと思ったのは、THE LAST ということかな。
初めてみるのに、ラストからって。

興味は、阪本順治監督とSMAPの香取慎吾さんが、どのようなコラボレーションをしたのか、そのひしめき合いがみたかった。

香取慎吾さん演じる、市(イチ)は明るくて、どうしてもバラエティーの色が濃い。思わず、彼のその動きがコミカルに見えてしまうのは私だけでしょうか。

でもそれはそれで、後半にいくにつれ、頼もしく見えてきたキャラクターにまとまったので結果的にはよいと思う。

強さと優しさとを持つヒーローがうまく描かれてた。

加藤清史郎くんの演技、光ってました。お父さんを亡くして、ワンワン泣く姿はとても素直なお芝居で。
ちょっと胸打たれます。

2010年6月4日金曜日

【パーマネント野ばら】



















監督: 吉田大八「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「クヒオ大佐」
原作: 西原理恵子
脚本: 奥寺佐渡子
出演:菅野美穂、江口洋介、夏木マリ、小池栄子、池脇千鶴ほか



 
 舞台は原作者の故郷の高知県のとある町。主人公、なおこの実家はパーマ屋さん。
 この店を営む母親役に夏木マリ。登場した瞬間が一番インパクトあったかな。

 そして、常連客のおばあちゃん達のオトコの話。そんなおばあちゃんたちの頭にパンチパーマをあてながらタバコをくわえてみせる母、マリさんはかっこいい。

 離婚をして子供と実家に戻って来た、なおこ。
 オトコ運の悪い幼馴染たちとそれを囲むダメダメなオトコたち。
 ドタバタする田舎のとある日常?オーバーだけど、アルアルと思ってみたり。

 中盤、特に大きな山もなく過ぎていくいのだろうと思って見ていたのでラストのシーン近くでハッとできたというのが本音。
 いい意味で油断していたという感じ。

 原作を読んでなんとなく想像していたことが、映画ではうまく、心が立体的に表現されたっていうかなんというか。

 ひとによっては、どんでん返し、と表現したりするかもしれないが、主人公なおこの中ではずっと流れていた時間なんだね。
 

ダメダメ亭主を亡くし、その遺品をいつもの丘に埋める幼馴染のともちゃんに
 
 なおこ「じつはね・・・」

 ともちゃん「うん、何回も聞いたよ(と笑顔)」

 なおこ「・・・」

そして、海辺にいるなおこのところに、幼馴染のみっちゃんがやって来て

 みっちゃん「あっ、デート中か・・・」

 なおこ「(我に返り)みっちゃん、、わたし、、クルッてる?!」

 

前半、私はなおこに感情移入できないなあって見てたんだけど、(というかちょっと批判的な思いもってたかもしれない)

 ここで突然、彼女を肯定できちゃった。

この映画観られてる方でそう思った方多いのでは?



 忘れたい、とか思うことってみんな一つや二つは持ってると思うんだけど、その思いってその後、いろんな形でその人に影響してるのかもしれない。(たとえ自覚がないひとでも)

 「痛み」っていうのかなあ、人と出会っていろんな経験をしてくと生まれてくる感情。

 現実的に生きていくにはその感情になかなか素直のままでは生きていけないというのが大人だったりして。

こういうこころの部分にこの映画はひとつぶのエッセンスを送ってくれる。



田舎を舞台に映画を、なんて考えて、2年前に短編「幸せな記憶」を書いたときの感情が甦った、
その瞬間、ふわッと胸が熱くなりました。